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2013年11月 2日 (土)

故郷へ

色々なことがあって8月以降、母のところへ出かけていなかった。
親不孝で申し訳ないと思っていました。
一段落したので、車で一泊の予定で母の様子をみに出かけました。
車で行くのも超久しぶりです。

50数年ぶりに鳴子峡へ。
雨が降っていたようで道は濡れていた。どんより曇っていて紅葉映えには?
少し早かったかも。
本当は栗駒の紅葉を見たかったのだが、10月中旬で終わっていたので鳴子にした。
小学生の時に歩いた下の遊歩道を行きたかったが、崖崩れで通行止めが今年も続いていて残念でした。


Img_1170

泊まったところは仙台のメルパルク。
営業してから相当たった古いホテルだが、公的機関が建てたものには思えないほどのバブルそのものでした(外観はたいしたことがないが内装は。メルパルクの中でも贅沢な作り。部屋は広い、天井は高いetc.)。
朝食はバイキングでしたが、美味しかったです。

Img_20131101_074124_3

朝焼けの仙台の街(部屋から)

Img_1174

大震災後、一度も行かなかった深沼(荒浜)の様子を見に。
仙台から、実家からも一番近い海で海水浴、キノコ狩り、魚釣りなどに行った場所です。
密生していた松林はまばらに。
工事関係のダンプ等で深沼へは行けなかった。
田んぼだった広大な農地は荒れ野のまま。
う〜ん(/>Д<)/~┻┻

Img_1178

実家も建物がなくなり、背の低いセイダカアワダチソウが・・・。
横浜の空家や空地よりは雑草が少なかったので少しは!
何とも言いようがない仙台の、そして実家の光景でした。

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コメント

お疲れさまでした。ご実家の景色には、こころが痛みます。BS3てやってる火野正平のこころ旅、先月あたりから岩手、宮城を南下してる。基礎だけ残った延々と続く空き地をみせられ、なんとも*** こころが痛みます! 相変わらずトンチンカンな政府の対応には馬鹿さ加減には、呆れ果てた!いつやるの?いまでしょ!からどんどん遅延してる。そして気の毒な犠牲者は、増加の一途。

復興に係わる政治家のパフォーマンスには怒りを超えて、無常を感じます。
諸行無常の響きありは言い得て妙です。

仙台に行っても、実家からすぐ近くの津波の被害地にはどうしても足が向かわなかった。
今回は意を決して行きました。
仙台でさえ、まだまだですからねぇ!

仙台の母堂様の事はブログを通して存じ上げていましたが、ご実家が
3.11の大震災でもろに被災していたことは知りませんでした。
さぞかし心を痛めた事とお察しいたします。小生も森岡の日赤で医療に
携わっている弟嫁の、釜石にある岳父の実家の親戚で老婆と乳幼児の
2名が波に浚われ失命しています。
2年半が過ぎた今でも、跡形もない郷里の姿は往時を偲びようもなく、
観るに観かねる思いではないでしょうか。
気軽な慰めの言葉など慎まなければ・・・

鳴子峡は昨夜のTVニュースで写真と同じ光景が流されていました。
お天気が良ければより一層照り映えていたでしょうに・・・

晴男もふるさとに遠慮がちだったようですね。

メタボッコリさん

暖かい言葉有難うございます。
ご実弟のお嫁さん、釜石出身のお方なんですね。
駅前辺りは津波で大被害で、店と喫茶店が営業出来なくなって閉鎖したと88歳の従姉妹が話しておりました。本店と工場は内陸側だったので、そこで商売をしています。
釜石の方が深刻かもしれませんね。大震災前は人口流出、今は復興事業で一時的に外からの作業者が増えているが、事業が終了すると本質的な課題が顕在化する。如何すれば良いのでしょうね?

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